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2007年1月
 
今回はバレンタインデーとチョコレートについてお話したいと思います。
 
 

<バレンタインデーの由来>

ローマ帝国時代、時の皇帝が戦のため、結婚を禁じていた時代があったそうです。
キリスト教司教の聖バレンタインが「愛する人がいるということはすばらしいことだ!」と、 秘密に兵士たちを結婚させていましたが、すぐに捕らえられ処刑されてしまいました。
兵士たちは聖バレンタインの意志を尊重し、処刑された2月14日を 「愛の記念日」又は、 「恋人たちの日」としたそうです。
バレンタインデーは世界中で愛する者同士がお互いにプレゼントを贈り合う習慣になっていて、「女性が男性にチョコレートを贈る」という習慣は
日本独自のものだそうです。
ちなみにホワイトデーをバレンタインデーのお返しの日として設定したのも、日本だけです。
今は、女性が自分自身へのご褒美にと、高級ショコラを買って自分で食べることも少なくないようです。
shimizuのショコラは、愛の告白にも、もちろんご自分へのご褒美にも最適なショコラを揃えていますよ!!


 

<チョコレート豆知識>

チョコレートの起源、それは5000年程も遡ります。中南米地域一帯のカカオ豆の生産地がその起源だと言われます。当時カカオ豆は豊饒のシンボルとして重宝され、神々にも捧げられていました。
その他にも通貨としての役割や、交易品として物々交換されたり、万能薬としても利用されていました。
食用としても、最初は生で食べていたそうですが、偶然にもローストした時の芳香と味わいの良さを発見し、以来焼いたカカオをすり潰して飲用するようになりました。

16世紀になってカカオはヨーロッパへと広がり、「飲み物」としてチョコレートは各地へ広がっていきます。
そして19世紀、チョコレートは飲み物から食べ物へと大きく飛躍 し、現在のチョコレートの歴史をつくることになります。

ヨーロッパに比べ、チョコレートの普及が遅かった日本ですが、最初 にミルクチョコレートが伝わったのではという話もあります。
今でこそカカオ分の高いチョコレートが市場で認知されはじめましたが、まだまだ日本でのチョコレートの歴史は浅いと言えます。



私のフランス修業時代、世界でも有名なショコラティエと言われる [Jean-Paul=Hevin ジャン・ポール=エヴァン]での経験が、今のショコラに対する情熱の元だと自負しています。完璧に温度管理されたカーヴ(地下の貯蔵室)にまるで宝物をしまうかのように、綺麗に積み重ねられたショコラの山を思い出します。
「ショコラは人を幸せにするんだ。宝石以上の価値があるんだよ。」
そんなムッスュー・エヴァンの横顔を「かっこええなぁ・・・。いつか俺も言ってやろうかな・・・。」と眺めておりました。(笑)
当時のHevinはパティスリーとショコラトリーの厨房は分かれていて、私はパティスリーにいたのですが、ほとんどがショコラ系のお菓子なので、毎日カカオくさいコックコートを洗濯していました。トリュフを仕込む日は、もっとすごくて、
厨房内に見事に黒い粉塵が舞っているのです。家に帰りシャワーを浴びると、なんと!体をつたうお湯が黒いのです!
鼻の中も真っ黒でした!(笑) でも、そんな経験も今の自分を支える貴重な思い出です。
だから今も、カカオ分の高い、ツンと鼻を突く酸味の強いショコラの香りを嗅ぐたびに、あの頃のことを思い出します。
 
菓子づくりは想いを形にしていく仕事です。いろんな思い出や経験、 そして未来への夢や希望、そういった様々な想いがあってこそ、 作り上げられる世界だと思います。shimizuのパティシェたちもいろんな想いを持って毎日菓子づくりに励んでいます。
皆と共に夢を形にしていく、まさにまっただ中です。そしてお客様とも夢や感動を共感して参りたいと思います。
shimizuに足を運んでくださる、すべての方々との大切な日々でありますことを心から願っております。

感動いっぱい、夢いっぱい、笑顔いっぱい。皆様が毎日ハッピーでありますように。 
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