6月18日(月)
前日まで涼菓まつりで怒涛の日々を過ごしながらも、早朝4時30分出発。伊那からセントレアへと向かい、飛行機で宮崎へ入りました。移動の間、皆爆睡です・・・。
梅雨が心配でしたが、とてもいい天気に恵まれました!
宮崎では、伊那食品工業福岡営業所の宮沢さんと、再会し、昼食をとりました。宮沢さんは、以前伊那の本社勤務中に、大変お世話になった友人でもあります。
一日目の研修先、スイートアリスさん。気持ちよく出迎えて頂きました。
さすがに人気繁盛店であり、商品、店構え、接客とすばらしいお店でした。
お忙しいところ、ありがとうございました。
その後、青島、鵜戸神宮と見学し、宿泊先のシェラトン・オーシャンリゾートへ。本当にすばらしいホテルで、各々ゆっくりと夜を過ごしました。
二日目の宿泊先、指宿白水館もそうですが、やはり洗練された接客と身のこなしが素晴らしかったです。
我々もサービスに携わる人間として、良いサービスを受けた者にしか、良いサービスはできません。
もっともっと上がありますが、この2軒でいろんなことを学ばしてもらいました。
6月19日(火)
2日目は、鹿児島市内のヤナギムラさんで買い物をした後、今回の旅行のメイン、知覧特攻平和会館です。僕がどうしてもShimizuの皆と一緒に行きたかった場所です。
知覧基地を知ったのは、数ヶ月前、西田文郎先生のセミナーがきっかけでした。
(私事ですが、6月末より、西田先生の西田塾の最高にツイてる門下生となりました。)
太平洋戦争における、日本の空軍の特攻の舞台となった場所です。
1036人もの17歳からの若者たちが、自らの命を国のため、大切な人のために捧げることとなった、想像を絶する出来事が、今から数十年前に実際にあったのです。
特攻の母と言われた、鳥浜トメさん。富屋食堂が復元された資料館では、トメさんのお孫さんの、明久さんから直接お話しを伺うことができました。二度と同じ過ちを犯してはならないと、切実に語るお話をお聴きし、涙が止まりませんでした。富屋食堂にトメさんを慕い、集まった若い兵士たちのエピソードに言葉にならない胸の痛みを覚えました。
平和会館には、全1036名の写真と遺書が展示されています。
これから死にに行く若者の心情はいかばかりでしょう。ここで僕が語るまでもありません。実に勇敢に、そして潔く、遺書には力強く達筆な文字で、大切な人たちへの想いが綴られていました。
伊那からも2人、箕輪からも1人、長野県でも30人の特攻隊の方たちがいらしたことも、初めて知りました。
僕が感じたこと、それは、生きていく使命です。
大切な人を持つ人は、強く、潔く、勇敢であると感じました。
今、何不自由なく毎日生活できている僕たちは、これ以上なく幸せだと思います。それなのに、思い通りにいかないことや、気に入らないことがあれば、不平不満、愚痴をこぼす日々です。
今この時代に生きていることを感謝し、そして、今だからできることを、命を燃やして生きて行かねばならないと思います。
先祖が命を繋いでくれて、今、ここに自分という存在があります。誰一人欠けていても、今の自分はありません。
先祖に感謝、祖父母に感謝、両親に感謝です。
その気持ちがなければ、お客様や、一緒に働く仲間への感謝が嘘になってしまうと感じています。
大切な人のために、命がけで生きる。仕事をする。そして世のため、人のために、この命を使う。強く強く、こころに誓いました。
天国から、今の時代を見ている彼らに恥じぬよう、「あなたたちの命は無駄になってなんかいません。
必ず、その遺志を後世に繋いでいきます。」そう強く心に誓いました。
命がけで、国や大切な人を守ろうとした強靭な志を受け継ぎ、本気で人のために生きたいと思っています。
Shimizuのスタッフもそれぞれに、心に強く感じるものがあったはずです。
何のために生き、何のために仕事をしていくのか。しっかりと日々の仕事に生かしていきます。 合掌
2日目の宿は、先程も書いたように、指宿温泉白水館。小泉前首相も宿泊されたという、かなりの高級旅館でした。
皆は砂風呂を満喫し、僕は芋焼酎を連日満喫していました・・・。